アメリカ株に投資している人なら読んで絶対に損はないピクサーの本

新年早々、読んだ本が大当たりだった

私は趣味という趣味がなく、何か趣味を持たなくてはと思っているのですが、強いて言えば読書が趣味です。
と言っても、読むスピードが遅く、月2、3冊のペースです。分厚い本だと1ヶ月かかってしまうこともあります。速読法には興味ありません。1冊の本を読むにはそれなりの時間がかかりますが、1冊の本に時間をかけて向き合うという時間の使い方は贅沢に思えて速読法で省いてしまうのはなんだかもったいない気がしてしまいます。効率化は生活を豊かにしてくれますが、突き詰めすぎるのはかえって人生の彩りを欠くことになってしまうのではと思っています。

さて、新年1冊目にして、早くも今年ベストかも?と思えた本に出会えたので紹介したいと思います。

『PIXAR 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』という題名の本です。

邦題は長くて説明的ですが、英語の現代は “TO PIXAR AND BEYOND” という題名です。これはピクサー作品長編第1作目『トイ・ストーリー』に登場するバズ・ライトイヤーの決めゼリフ “To infinity…and beyond”(無限の彼方へ さあ行くぞ!)をもじったものです。

英語の題名の方がおしゃれだと思いますが、邦題のほうがどんな本かを端的に物語っています。ピクサーのCFO(最高財務責任者)だった人が書いたピクサーのお金に関する本です。

現在、ピクサーはディズニー(DIS)傘下のアニメーションスタジオです。私はディズニーに投資をしていますし、ピクサー作品も好きなので手に取りました。ピクサーの創造性や技術的な話に関する本は数多く出されていますが、ビジネス面に焦点を当てた本はこの本だけだと思います。

あらかじめ断っておくと、この本はピクサーに関する本ですが、映画の制作秘話やキャラクターの誕生秘話といった類の話は一切出てきません。あくまでピクサーのお金(財務)の面についての本です。

赤字垂れ流しのスタートアップがIPOを果たし、独自ブランドを築くまで

話は1994年11月にシリコンバレーである会社のCFOを務めていた著者のもとにピクサーの当時のオーナーであるスティーブ・ジョブズから電話がかかってくるシーンから始まります。ピクサーのCFOになって欲しいというヘッドハンティングの電話でした。

当時のスティーブ・ジョブズはカリスマ経営者としてシリコンバレー では有名人でしたが、足元では自らが立ち上げたアップルの経営陣と軋轢を起こして追い出されてしまった『過去の人』感のある人でした。著者の耳にもジョブズの悪評が届いていたといいます。

迷った末に著者はピクサーへCFOとして転職しますが、当時のピクサーはフルCGアニメーションというすごいものを作っているものの、財務面では赤字を垂れ流す弱小スタートアップでした。

ジョージ・ルーカスのルーカス・フィルムの一部門だったピクサーをジョブズが買収したのは1986年のことですが、著者が着任した1995年までのあいだにジョブズは5000万ドルもの投資をピクサーに対して行っています。多くは会社の運営費に当てられました。80年代半ばから90年代半ばにかけてドル円はボラティリティが大きく、100円から160円のあいだで推移していますが、5000万ドルは1ドル=100円とすれば50億円、1ドル=160円とすると80億円もの大金です。

当時のピクサーは長編第1作目の『トイ・ストーリー』の制作を行っている最中でした。1995年といえばウィンドウズ95が発売された年です。コンピューターが一般に普及し始めてきた黎明期に80分のアニメーション映画をフルCGで制作するということは前代未聞の、ある意味革命的な事業でした。ピクサーは、事業は革命的だが会社を支えるだけの十分なキャッシュフローがなく、ジョブズがお金を出すのをやめてしまえばすぐに倒産してしまう可能性が高い、そんな会社でした。

映画は公開されるまでは一切のキャッシュフローを生みません。当時のディズニーとの契約で『トイ・ストーリー』の制作費用はディズニーが持つということになっていましたが、人件費など会社の運営費用はジョブズのポケットマネーで賄っていました。

著者に課せられた使命は大きく3つあります。

  • 当面のキャッシュフローの確保
  • IPOを成功させること
  • ピクサーブランドの確立

ピクサーと聞くと、今でこそ知らない人はいない世界的なアニメーションスタジオで、強力なブランドを有していますが、『トイ・ストーリー』公開前の1995年当時は今月の従業員の給料の支払いにも窮していた弱小スタートアップだったのです。

アメリカ株投資を行っている私にとって、IPOの話は非常に興味深いものでした。IPOを手引きしてくれる投資銀行を見つけ、投資銀行とともに投資家へ事業説明会を行うロードショーを企画し、公開価格を決め、IPOに必要な目論見書などの書類を作成するといったIPOの舞台裏が追体験できます。

スティーブ・ジョブズの意外な一面

以前、アップルのティム・クックCEOの本を読んだとき、スティーブ・ジョブズの仕事や部下に対する姿勢が以下のように描かれていました。

  • 部下には完璧な仕事を常に求め、決して妥協しない
  • 部下の仕事ぶりに満足できないと罵り、怒鳴り散らす
  • 部下に深夜や早朝でも関係なく仕事のメールや電話をする

クックCEOはアップル創業者であるジョブズの才能と熱意に敬意を評しつつも、こういった仕事に対する姿勢がアップルの社内を殺伐とした雰囲気にする一因になったと示唆していました。

本書でも著者がジョブズからピクサーCFOのオファーを受けたとき、周りの人から「ジョブズの下で働くのはやめたほうがいい」と止められたというエピソードが紹介されています。また、著者がジョブズから無茶な要求をされたり、部下の仕事ぶりに満足できないジョブズが怒鳴り散らしているところを目撃したりしたというエピソードも紹介されています。

一方で、著者はジョブズと公私にわたる非常に親しい関係を築いています。ジョブズのピクサー出社が週1回程度で常に社内で目を光らせていたわけではなかったということが、後年のアップルとジョブズの関係とは少し異なっていて著者にとっては良かったのかもしれません。

本書ではジョブズは仕事に対して厳しい人物と描かれている一方で、逆境にめげずに純粋にCGアニメーションの成功を信じ、課題には一緒に頭を悩ませて知恵を絞り、成功には一緒に喜ぶ人間臭い一面が描かれています。本書を締めくくる最後のシーンは映画になってもいいような感動的なものでした。

人間臭いジョブズと部下のCFOがともに会社を成功に導いていくサクセスストーリーとしても楽しめますし、スタートアップ企業が事業基盤を確立し、IPOを経て会社を独り立ちさせるまでの企業財務を勉強できる素晴らしい本だと思います。