アップルの驚異的なビジネス効率と『資本論』

今、アップル(AAPL)のCEOティム・クックの伝記を読んでいます。
まだ読んでいる途中ですが、少し気になった点があったので記事にしようと思います。

本書ではティム・クックがオペレーション担当上級副社長のとき、在庫管理で手腕を発揮した話が出てきます。
クックが入社した当時のアップルはカリスマ経営者のスティーブ・ジョブズのもと、iMacシリーズが大ヒットし復活を遂げつつある時期でした。しかし、当時のアップルはビジネスコスト、特に膨大な在庫のマネジメントに苦心していました。そこでアップルは当時コンパックに在籍していたオペレーションのプロであるクックをヘッドハンティングします。
アップルに入社したクックは手持ちの在庫を極限まで減らして稼働率を驚異的なレベルまで上げ、その後のアップルの快進撃に貢献しました。

アップルの原動力は驚異的な在庫の回転率

では実際、アップルの在庫の回転率はどのくらいなのでしょうか?
直近のQ2はコロナの影響があるかもしれないので念のため、Q1の決算書で確認してみます。

赤線引いたところが在庫です。40.97億ドルの在庫を抱えていることがわかります。

一方、同じ期のProducts部門(iCloudやApple Musicなどのサービス部門ではなく)の売上原価は520.75億ドルでした。3ヶ月で約521億ドルですから単純に割ると1ヶ月あたり約174億ドル、1日あたり5.8億ドルです。
つまり、40.97億ドルという在庫はわずか約1週間分ということになります。

本書ではこの効率的な生産方式は『ジャストインタイム生産方式(JIT)』として紹介されています。在庫の余剰を避けつつ、顧客の需要を効率的に満たすことを突き詰めた生産方式です。
さらにJITのパイオニアとしてトヨタ自動車が編み出したトヨタ式生産方式が紹介されています。トヨタのモデルを理想として在庫の効率化を進めていたのがかつてクックが在籍していたIBMでした。クックはIBMでJITの複雑なオペレーションを学び、そしてアップルに取り入れました。世界で最も効率的にビジネスを行っている会社の生産モデルのベースが、生産性が低いとよく批判される日本で編み出されていたというのはなんとも皮肉な話です。

効率的な生産はアウトソーシングの果実

クックがアップルでの生産効率を改善できた最も大きな原因の一つとして本書ではアウトソーシングが挙げられています。クックはアップル入社後、アジアでのサプライチェーンの構築に力を入れます。今でもiPhoneの本体の裏には『Designed by Apple in California Assembled in China』と書かれていますが、このサプライチェーンは90年代後半から2000年代初頭にクックが中心になって構築しました。

アップルのアウトソーシングの象徴的な企業として、本の中で台湾の鴻海科技集団(フォックスコン)が挙げられています。フォックスコンへのアウトソーシングのメリットとして本書では以下のように書かれています。

フォックスコンの成功の鍵は、人件費の安さではなくその柔軟性にある。(中略)フォックスコンは何万もの作業員を素早く補充することができ、必要がなくなれば同じくらいすばやく解雇することもできる。若い作業員たちは、(中略)たとえ仕事が精神的に過酷であっても、辞めて家に帰ることは必ずしも容易ではない。

『ティム・クック アップルをさらなる高みへと押し上げた天才』

本文読みながら思わず苦笑いしてしまいました。確かに事業改革を進めてサプライチェーンを築いたクックのオペレーティングの才能は素晴らしいものがあるとは思いますが、そうした効率的な生産は中国の低賃金な地方労働者からの搾取による犠牲の上に成り立っているということです。
この話を読んだとき、以前ご紹介したマルクスの『資本論』が頭に浮かびました。

資本論では資本家を「資本の奴隷」と表現しています。資本家は資本の増殖のために搾取を行っている。増殖した資本は資本家をさらなる増殖に駆り立てる。搾取している資本家ですら、資本の増殖のスパイラルから逃れることはできないという意味でマルクスは奴隷という言葉を使っています。
アップルやフォックスコンはまさに資本の奴隷として労働者から搾取する資本家です。

ティム・クックがCEOに就任してからアップルはサプライチェーンでの労働環境の改善に取り組んでいます。いまだ及んでいない部分もあると思いますが、少なくとも改善しようとする動きを起こしています。

私はアップルの株を持っていますので、アップルのビジネス効率の良さを嬉しく思う一方、それが前時代的な労働搾取によって支えられていると考えると複雑なものがあります。

最近のアップルの株価の上昇は目を見張るものがあります。そのヒントが書かれているかもと期待してティム・クックの伝記を手にとったわけですが、まさかアップルの効率的なビジネスを知ることによって『資本論』に書かれていることがほぼそのまま21世紀の現代でも起こっているということを実感させられるとは思いませんでした。

マルクスは資本主義の結末として労働者による共産主義革命を予言したわけですが、共産主義は結局うまくいきませんでした。資本主義は今後、どのような道を歩むのでしょうか。